お金さえあれば・・・

私が幼少の頃から母親の口癖は「お金が無い」でした。
私の高校進学も、私は私立のデザイン科を希望していたのですが、
私立はお金が掛かるので悩みました。
その時は、下の姉が県立高校に通っていたので母は「一人くらい大丈夫だよ」
とは言ってくれたものの、姉のわがままで折角受かった県立高校を中退、
私立を受け直してしまったのです。
以来「大丈夫」とか言っていた母が「お金が無いから県立に行って」と言い出したのです。
そして泣く泣く県立校へ進学したのでした。

「県立校に行ったのだから、せめて専門学校へ行かせて」と言ったら、
「お金が無いからだめだよ」と、またしても泣かずにはおれませんでした。

気が付いたら気が付いたら自分もいつも「お金が無い」と、
つぶやくようになってしまいました。
それは欲しいと思ったら買わずにはいられない自分のせいです。
体調もあまり芳しくない私はフルタイムで働けなくて、
自分のお小遣いを作るだけでいっぱい、いっぱいなのです。

それでも母は「早くフルタイムの就職をして、家にお金を入れてちょうだい」と、
口うるさく言うのです。
ある日、私は母に「専門学校にでも行かせてくれていたら、今頃まっとうに働いていたよ!」
怒鳴ってしまいました。

早く家を出たいけれど、先立つものがない私は、今日もまた「お金が無い」の
つぶやきを聞かされて憂鬱になるのでした。

一億総中流社会など遠い昔の話

かつての昭和の古き良き時代は、右肩上がりの高度成長経済の時代でした。それゆえ当時は、一億総中流社会などとも呼ばれていました。
しかし、今は全く違います。今日では中流家庭の多くは没落してしまったのです。そして一部の金持ちと多くの貧困層とに分裂して、二極化の時代を迎えているのです。
かつては大多数だった中流家庭など、今は少数派となったような状況なのです。昭和の時代などは、もはや過去の遺物となってしまったかのようです。
かく言う私もまた、自他共に認める貧困層です。借金こそあれ、貯金など全然ありません。そんな私も子供の頃は、確かに中流家庭に生まれ育ちました。
あの時代はとにかく好景気であり、完璧なインフレでした。確かに物価は上昇し続けていましたが、その代わり、給料も増えていたのです。
今思い返してみると、昭和というのは本当に良い時代でした。少なくとも今日のような社会的な貧困問題など、どこにもありませんでした。
しかし、良い時代が永遠に続くわけはないのと同様、悪い時代も永遠に続くわけはないと思います。今年こそは、本格的な好景気の時代の始まりとなって欲しいものです。
私の給料もここ20年、下がることはあっても上がってくれません。そろそろ上がってくれないと、もう本当に困ってしまうのです。

年収200万円以下、女性の貧困が深刻化

女性の社会進出が推奨されても、現実的には女性は男性より採用されにくく出世しにくいです。出産で一定期間会社を休むことなど、男性に比べて生活の変化に仕事が影響されやすいことが原因の一つにあげられます。採用されにくいという結果生まれる貧困女子、その働き方はバイトや派遣と言った形が多くあります。貧困女子と定義されるのは年収200万円以下、実家暮らしならば貧困には該当しませんが、一人暮らしだったりシングルマザーだったりすると貧困状態に陥っている可能性があります。また年収が低いことで将来のための、特に老後のための貯蓄が出来ず将来が不安と言う貧困女子は多く、良い男性と巡り合いたいというよりも将来の生活を保障したいという目的で婚活に力を入れる女性も多くいます。残念ながら貧困は親から子へと受け継がれる傾向が強いです。その理由は学歴で、学歴社会の日本では高学歴なほど良い仕事、つまり年収の高い仕事を得ることが出来ると言われます、医師や弁護士など専門職には塾や私立への進学など親からのサポートが多分にあります。親が貧困で子が十分な教育を受けられない、高校や大学へ進学できないという状態は子どもの年収をある程度決めてしまう恐れがあるのです。

懐かしい納豆ごはんとヨーグルト

現在、主人と小学生の娘2人を持つ37歳の専業主婦です。私が就職したての頃、その職業とは別に中国語の勉強がしたくて、中国語会話教室に入会しました。当時、ひとりアパートで暮らしていて、お給料は安いのに中国語の方に支払わなければならなかったので、食費を削っていました。しかし、私は料理が全然出来なかったので、朝は食パンですませ、昼はコンビニの弁当、夜が納豆ごはんにヨーグルトだけ、という事が続きました。夜の納豆とヨーグルトは私なりにとても気に入っていました。少し余裕のある時は、高級なバニラヨーグルトを買って食べていました。
そんな食生活が続いたので、体は痩せていきました。大好きだった甘いものも食べなくなったので、顔のおできもなくなりました。これは一石二鳥だと喜んでいましたが、野菜やたんぱく質が不足していたのでだんだん体力がなくなっていくのがわかりました。風邪をひきやすくなり、すぐに疲れやすくなったのです。やはりお金はなくても正しい食生活は大事だと気付きました。
それから主人と結婚して子供にも恵まれ幸せに暮らしています。主人のお給料もけして高くはありませんが、子どもには栄養のあるものを考えて食べさせています。私は、顔におできができたり少し太ったかなと感じたときは、昔の生活を思いだし、夜は納豆とヨーグルトを頂いています。

貧困な時の生活方法

お金に余裕がなく苦しかった時期の節約生活方法です。
お風呂は数日に一回で、お湯は半分までしか溜めないです。
お風呂の残り湯を洗濯にまわして、柔軟剤は高いので使わないです。
ドレッシング類はマヨネーズ1本のみで何でもマヨネーズで味付けをしていました。
加湿器が買えないので、洗濯物を部屋干しにして加湿器代わりにしていました。
夏場は暑くエアコンをひかえるために、首にタオルを巻いてました。首にタオルを巻くのは寒い時には体をあたためるので、オススメです。
夏場は氷や冷凍バナナを食べていました。水だけ飲むのは栄養がないので塩を少しいれてばてにくく、工夫していました。
買い物に関しては、スーパーのお肉の日など特売日に買うようにこころがけます。冷蔵庫が大きい時は一週間分まとめ買いして、お肉は小分けにして冷凍保存していました。
魚は高くいたみやすいので、魚だけは調理されているものを買っていました。野菜は生野菜を買い、カット野菜は割高になるので買いません。
それでも、食材が買えない時はダイエットと思い込んで、少しずつご飯を食べて生活していました。ダイエットと思うと数日間の苦しさは乗りこえられます。
収入が入った時は1週間ごとに日用品、食費、交通費などわけると無駄な出費が減り節約できます。またどうしても厳しい月にはキャッシングを利用しています。レイク在籍確認について詳しく調べてキャッシングを行ったのですが、とても助かりました。どうしてもお金が厳しい時があればカードローンを使うのはアリだと思います。

貧困ゆえに親がお金の話しかしません

我が家は富裕層から貧困層に落ちた家庭です。
父親が借金を重ね勝手に失踪し離婚をし、今までの生活から一転お金のない生活を送ることになりました。

当たり前といえば当たり前なのですが、優雅な生活から母子家庭しかも無職になった母親はいつもお金の話をしていました。富裕層だったころには一切お金の話をしなかったのに貧困層になった途端毎日お金の話をされました。

将来は公務員とかきちんとお金をもった人と結婚するんだよ、年収はこれくらいで、あなたたちは楽ができて土日が休みの事務の仕事につきなさい、事務の仕事は体を動かさなくても体を動かしている人とお給料が同じくらいもらえるんだから、等々です。

子供の頃は親しか大人を知りませんでしたので、自分の人生はそういうものなのだ、大人はお金の話をするのが常識なのだ、と思っていました。

しかしいざ自分が就職して、他の大人と接するようになるとお金の話をしてくる人はいないのです。お金の心配をしていないのです。飲み会とかでも「帰り遅くなっちゃうね」はあるにしても「お金使いすぎた」や「あそこ高い」というお金の話はないのです。

そのとき初めて、お金の話をするのは貧困層特有なのだな、と自覚しました。

今では親と離れて関わらないようにして暮らしていますが、親が連絡してくるときはいつもお金の話ばかりです。

ある程度裕福な生活からの貧困

私が大学生の時、我が家は決して貧困ではなかったので大学の近くの普通のアパートに住ませてもらい、携帯電話代、電気ガス代、大学の学費を親が出してくれてその上に、生活費として5万円もらってました。
だから、バイトもしなくてもとりあえず生活できたのです。
バイトはしてましたが、そのお金で大学の昼時には友人と外の店へランチしに行くのが定番で、服も良く買ってました。
でも、ある時いつも学食で昼食を取る男の子に、
お前らリッチだなー、と言われてかなり恵まれてた事に気付きました。
彼は、下宿代と学費は親に出してもらえたけど、電気ガス代や携帯電話代、食費などは自分がアルバイトして稼がないとならなかったのです。
だから学食でもいつも一番安いメニューしか頼んでなかったそうです。
服もほぼ買わずにあるもので過ごしている、と知りました。
親の金を出してもらう事に当たり前になっていたのが恥ずかしくなりました。
大学を出てから親からの援助を受けず独り立ちしてからは、遂に自分も貧困を感じるようにらなりました。
衣食住でギリギリでした。
風邪引いても医療費がもったいないからと病院に行かず、風邪薬すら買いたくない、という状況になりました。
誰かのお祝いや不幸があると、喜んであげたり悲しむよりもお金がなくなることに落ち込まされました。
いざ貧困になると心まで貧しくなってしまうような気持ちがしました。
人付き合いはお金がかかるからと避けてしまうことすら増え、恵まれていた境遇からちょっと貧困となると上手くいかなくて、参った記憶があります。

お金を欲しがる親に困り、早く家を出たい

私は事務の仕事をしていて、朝から晩まで働いています。母と兄の三人暮らしですが、働いているのは私だけです。
帰宅すると母は居なくて、兄が自分の部屋から出て来て「夕めしは?」と毎晩言います。
米がある時はご飯だけは炊いてあるので、帰宅途中のスーパーで、タイムセールで安くなったお惣菜や、かなり割引されたお刺身等を買ってきて、直ぐに食べさせます。
仕事で疲れているので、とても料理をする気にはなりません。

朝起きると母も兄も寝ているので、簡単に三人分の朝食を作り、それを食べて仕事に出かけます。もちろん食費は全て私が出しているので大変です。
食費だけで結構出費が有り、余裕はありません。

母は、お金が無いくせに貴金属が好きで、仲の良い友達が貴金属店の奥さんで、ついつい指輪やネックレス等を買ってしまいます。
支払えるわけがないのに、当然のように私に請求が来ます。
母の友人も私が働いていて、収入が有ることを知っているので、お金が無いというのは通用せず、安心して売ってしまうのです。

ある日、高額な指輪を母が購入してしまい、かなりの額の借金を背負うことになりました。
それからは、今までにもまして、米が買えないくらい食でもひもじい思いをしました。

私の会社では、年に2回ボーナスが出ます。
すると決まって、母はお金を欲しがるのです。
でも、ボーナスもいろんな支払いに消えてしまいます。
お金が支払えないなら、この家から出るようにと言われてしまいます。
しかし、私の会社では、独身女性は実家から通うように、一人暮らしはしてはいけない規則になっているのです。

早く結婚をしてこの家から出て、普通の暮らしがしたいです。
でも、相手も居ないし、お金は全然貯まりません。
働いて得たお金が自分では使えず、虚しい思いがします。

お金がないって結局使っているからなんですよね。

「だってお金ないもん」
「お金ないし」
こういう口癖の人っていますよね。
確かに私も金欠に陥ることがあって、「お金ない」って言うことはあります。
でも言うだけでなくてなぜお金がないのかって理由をとことん突き詰めて考えるタイプです。
そしてどうしてこういう結果「今月、来月ピンチ」なのかを理解したら、じゃあどうやって切り詰めるか、やっていくかを徹底的に考えます。
そこで「ああ、最近何も考えずに食費使っていたな」「寒いからってお湯で食器を全部洗っていたな」「夜更かしして電気やエアコン使っていたな」とか反省点が浮かびます。
あとはそれを直すだけです。
無駄なお菓子は買わない、コップなどはお水でゆすぐだけできれいになるのはわざわざお湯を出すことはない、早く布団に入るなどです。
どれも一つ一つはすごく小さなことです。
だけど、これが一カ月になると数千円の差を生んでくることなんですよね。
たとえば一日100円、食費とプロパンガス代を節約したら6000円も浮くわけです。
電気代はどれぐらい節約になるかはわかりませんが、やはり一日2時間早く就寝したらその分かかっていた電気代はかからないので節約効果はあると思います。
つまり常時「お金がない」って愚痴っていても仕方なく、お金を何に使っているか把握してそれを改善していく行動を起こさないといけないんだと思います。
私たちって多分自分が思う以上に何気なくちょっとしたことでお金を使っているんだと思います。